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なのかのお絵かき練習帳

戦国時代ぽい絵を練習中です。毛利、吉川がすき。時々BL要素あり注意。

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戦魂の問田大方ちゃん

62戦魂ー問田@0,3x
問田大方は小早川隆景の妻ですが、若くして結婚しています。戦魂の問田ちゃんは少し幼さを感じさせるキャラデザですごく可愛いです。

描く時には戦魂デザイナーだより見てたんだけど、デザインコンセプトとラフ&完成版が乗っててほんと素晴らしいです。見て楽しいし、とても参考になります。

敬愛する人物を自分の感性で咀嚼し、新たにクリエイトするとなれば、誰しも己のイメージを表現すべくああでもないこうでもないと試行錯誤するものかと思うのですが、私の場合はそれが苦手みたいで、フィーリングでぱぱっと描いてそれで決定してしまいます。だから皆顔似てんだろうな…
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  1. 2018/07/21(土) 20:54:58|
  2. その他絵
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2年ぶりに行ってきました平成最後の岩国へ!

一日目岩国 二日目北広島 三日目愛媛

今回の旅は岩国・北広島町2泊3日の予定だったのですが、愛媛で黒田長政が描いた絵が展示されていると知り、ここに急遽愛媛もねじ込むという、正直老体には厳しすぎる旅程となってしまいました笑。無茶な旅は若いうちにしとくに限るなあ。という訳でこの度のテーマは「勿論広家+ちょっと長政」です。

以下、異様に長いんですが、この興奮を忘れないよう書きました。お時間がある時にでもお付き合いくだされば幸いです!

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岩国のランドマーク錦帯橋&岩国城。この橋を見たら岩国到着に感動する事間違いなしと思っていたのに、ザーザー降りのお天気のせいか二度目なせいか特にこれといった感想もなく笑。前回も雨だったけど今回もお天気悪そうだなー…。

まずは岩国名物アイスクリーム屋さん!
冷たい食品にさほど心動かないタイプなので前回はスルーしました。でも『岩国行ったらみんな食べてるのに私と来たら』とイマイチ乗り切れてなかった事が気になっていたので、今回ははしゃいでなんぼと食べてみました。クレオパトラのバニラ味は、スズメや鳩も欲しがって寄ってくる程甘く濃厚な味わいでした(観光客がめっちゃあげてた笑)。
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薄い動機だったので写真は全部撮り忘れてます…。

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少しだけ菖蒲が残っていました。向こうの建物は吉川史料館です。

さて目標の一つ、吉川史料館へ到着!
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今回は「元春とその息子たち展」という事で、元春をはじめ元長・広家関連の展示多めでした。
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入ってすぐに系図が展示されていたんですが、広家の所、途中で折り返しになってて全部見れないという…、ちょっと残念! 広家とできれば広正も見れたら良かった~(テーマの趣旨分かってんのか)。これミニチュア化して販売してほしいなあ。年譜ではあんまり戦の事書いてないけど、やっぱり広家のデビュー戦って公式的にも10歳とかなんですね。肝の据わったちびヒイちゃん可愛いよー。小っちゃい鎧とか用意してもらって着たんでしょうか!

一番興奮したのは広家年譜(吉川家文書982)でした。自筆なのかいつ書かれたのか色々と気になっていたんですが、まあ当然のように自筆っぽかったし、なんとなくですが当時に書かれたものなのかなって気がしました。色々苦労したけど現在(天正16年)まで至ったぜという充足感が出ており、受けた栄誉や交友関係を少し得意気にアピっているのが微笑ましいです。こちらも紙が長かったようで、最後の方は巻物状態になっていて見られませんでした。展示室狭いから仕方ないですね。

兄元長死去後、広家が恵雍に充てたお手紙もありました(吉川家文書別集199?)。元長さんとは子供の頃からの付き合いがあり大変仲良かった恵雍さんですが、私は広家との関わり未だよく分ってません。けど恐らく兄繫がりで親しくしていたのでしょう。不安気な心情を吐露しており、元棟や家臣たちと力を合わせて頑張る覚悟と結んでいます。筆跡も少々乱れていたような…。ここにも兄の突然の死にかなり動揺していた事が見て取れる気がします。恵雍像パネルもあって『こんなお人だったんだ~どこかで見た事がある』と親しみを感じたし、やはり肖像画があるって良いですね。

加えて今回は元就・元春・元長・広家の三世代の和歌が展示されていました。Twitterでは「広家は兄より仏教の素養は劣れど国学の素養は勝っていたようだ」と書かれてた話をご紹介した事がありますが、こういう創作結構好きだったんでしょうね。広家の和歌はこのコーナーだけでも5つありました。その中にはなぜか漢字仮名バージョン違いの歌も…! 
「玉椿陰にや千代をまつかえと 花櫻木の庭のしつけさ」(吉川1426)
「玉椿陰にや千代を松かえと 花さくら木の庭閑けさ」(吉川1427)
ん~分かる~。漢字と仮名で印象が変わってくるからそういう所迷う~。やっぱ広家はポエミー!

あと元長書状の生「一笑〱」見られたのも感激しました(吉川別集82)。所々小さい文字でぎゅぎゅっと書いてあったり、見た目にちょっと賑やかでフリーダムな印象でした! 元長の教養を感じさせるこのお手紙は、親密な恵雍さんに送られただけあってユーモアが感じられ、そして勢いがあって率直で愛らしくて…、そのお人柄が偲ばれます。

それから、元春が経言(広家)に宛た書状もよかったです(吉川1230)。経言の素行がずっと気になっていたのでしょうが、心を砕いて丁寧に説得にあたり、理由があるなら申せと真正面から息子に向き合っていて、その真摯な姿勢と親心に触れ、やっぱ元春って父としても将としても全方位に理想的イケメンだなあ…って思いを新たにしました。最後の方に、元棟も行儀悪くて再三注意したら治ったって書いてあるんですが、この弟二人、案外と似てる所があって敢えて書いたんじゃないかという気がします笑。

書状以外の展示では、鐙が気になりました。細密に下り藤の三引両紋が彫られていて、くぼみには土っぽいのが付着してるんです。実際に使ったのかな…? この上に元春の足が…? お尻が…!? って感じで胸が高鳴りました。

あと前の時も鯰形兜展示されてたんですが、今回よく見たら眉庇の上の辺りに鯰の顔が書いてあって、ゆるキャラみたいな愛らしい兜だった事に気づきました。関ヶ原合戦前日に家臣の三浦伝右衛門(伝右ヱ門)に被らせ密書を届けさせたという由緒があるそうで、これは名代の証として被らせたという事でしょうから、きっと広家自身も被ってたと思うんですよね。ゆる可愛い…。尾が微妙~~に右側に傾いている所とか注目したくなる可愛さです。拘りなのでしょうか。

最後は、元春が老いた際には頼りにしようとしていたという夭折した4男松寿丸肖像。初めて見ましたが、聡明そうで大変美しい子でした。成長したお姿が見たかった…。

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2年ぶりの訪問という事で、前回来た時は展示品解説の小冊子は添付の資料って感じだったんですが、今回はテープで製本されていただけでなく、手に取りやすいようお土産コーナーに置かれていてすごく良かったです! しかも過去企画の解説もあるという充実ぶり…。なかなか来られない私としては五体投地で感謝したいです。

それと、「史料館たより」のバックナンバーが欲しかったんですが、前は「2~3時間居座った挙句こんなん申し出づらい…今更全部ほしいなんて言ったら手を煩わせてしまうのでは…」と尻込みして諦めた事ずっと後悔していたので、今回思い切って「全部ください」した所、封筒に入ったバックナンバーがぽんと出てきました。ああ無駄な2年を過ごしてしまった…。とにかく感激ー!! あとはグッズが充実したら最高かも! ミニチュア書状とかミニチュア系図など是非是非…(売れるのか?)。


さて、お次は前回訪問時には知らなかった場所や興味持ってなかった所メインで尋ねてみました。

まずはここ。
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大変見えづらくなっていますが「□(歴?)史町名 鞭棄小路」と書いてあります。

岩国観光してても気付き辛い広家スポット、鞭棄小路。
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伝えられるお話はこんな感じです。
関ヶ原合戦後毛利は防長二ヶ国に押し込められ、広家は血を吐くような悔しい思いをしました。それでも広家は自分を厳しく律し、再び天下が動く日のために武に励み、機を伺いながら臥薪嘗胆の日々を過ごしていました。ところが耳順に達したある日、遠乗りの帰りに「徳川はますます隆盛し、家光も英邁」との報せを受け「もはやこれまで」と悟り、手にしていた鞭を棄て、足取りも重く帰途に就いたのだそうです。その舞台となったのがこの道です。
胸を締め付けられるような切ないお話です。ちょっと感傷的で、ただの伝承とは思うのですが、いずれにせよ地元にこのような言い伝えが残ってるというのは、当地に暮らした後の人々も彼の行動に理解を示し、深い思い入れと誇りを以て寄り添ってきた事の証なのだと感じます。賛否ある広家ですが、こうした地元長年の愛に触れられるというのは、私にとっても大変嬉しい事です。


厩門の天井。下部に見える仕切りの奥に、備え付けの長椅子と囲炉裏(?)があります。
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ここで馬番が主人を待ったのでしょうね~。


それから御土居跡へ。
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ここはかつて政務を行う居館のあった場所で、今は神社や茶屋などあります。

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こちらは吉香神社です。岩国藩主吉川氏歴代の神霊を祀る神社との事で、絶対お守り買うー!!と張り切って来たんですが、販売所閉まってました……。うう、そんな気はしていたけどやっぱりショックです。やむなく(?)無人販売のおみくじを購入するも末吉でした。でも概ねいい感じで、一部には大変良い兆しが書いてたし、これがまた大当たりでしたよ!

販売所開かないかなぁなんて思いながら暫く留まっていると、境内の猫に呼びかけられました。にゃぁにゃぁと何度も話しかけて来るのでついて行くことにします。
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見るからにゆったりした余裕ある歩きでしょ!可愛いなあ。

時々振り返り鳴きながら、すぐ傍の猫のミニ集会所に案内してくれました笑。
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もう諦めなさいと教えてくれたような気がして、後ろ髪引かれながらも神社を後にしました。きっとまたご縁があると信じて…。

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それにしても

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めっちゃ吉川なんですよ…! 

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この辺りでは至る所で吉川家紋が見られます。

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なんと落ちてる(?)瓦にも…。

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茶屋で甘味を頂きながら休憩していた所、私が脱いだ靴にムカデが寄ってきて客が騒然となる一幕もありました。ムカデは火ばさみで店外につまみ出されました。まさか外からくっついて来たとか? なんという、なんという…。

あと、広家関連ではないのですが岩国美術館も。ポスターとか垂れ幕とか沢山貼ってあるので今回の展示がなんだったのかよく分かってなかったですが「維新伝心展」やっていたようです。興味薄くてすみません…。秀就の甲冑がありました。昨日おろした新品みたいに綺麗で、やっぱり幅とか色々デカい気がします。鎧から見て秀就は大柄だったという記述を目にした事がありましたが、間違いなさそうです。あと「変わり兜」も展示してました。展示品横の解説が結構マニアック寄りなため流し読み状態なのですが、変わり兜コーナーではスマホでアプリをダウンロードすると音声解説をしてくれるという試みがなされていて楽しかったです。それと、出品目録の小冊子が無料で置いてあってこちらもサービスが進化しまくってました。前回買うか迷った図録、今回も値段見て諦めました笑。


錦帯橋を渡る前に、お墓へご挨拶に参ります。
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先に森脇さんのお墓へ参っていると、突如下方からお爺さんに話しかけられました。おお、ここで人に行きあうとは思わなかった…。前回は1時間くらい粘って誰も来なかったし、本日は雨なのに珍しい事もあるものです。曰く、マムシが出るから気をつけてとの事。な、なんですって!? 

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マムシを警戒しながら広家墓所へ。岩国に降り立った時は特に何も思わなかったのに、緑に囲まれ静かに佇む大きな墓石を目にした瞬間、「再び岩国に来られたんだ」と強く感じ、ここに至って感極まりました。まるで広家公に再会出来たかのような気持ちです。

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前回、叶う事ならまた此方に伺いたいと再訪をお約束しお参りしたので、この地に再び戻ってこられた事が本当に嬉しいです。というか私、呼ばれてたんじゃないかな広家さまに…(電波受信中)。

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それからも墓所でゆっくりしていたのですが、帰り際、先ほどのマムシ注意お爺さんがまだ居られ、階段の所に腰かけ景色を眺めていたので少し驚いてしまいました。私以上にゆったりと時を過ごしてたようです。お爺さんの方も私がこんなにしつこく居座っていたとは思ってなかったんでしょう、すれ違う時別れのご挨拶をした所驚かせてしまいました…。それにしてもこんな天気に広家墓所で粘る人間が二人も居合わせるとは、少し不思議な感じがします。もしかして広家卿だったんじゃない…?(電波MAX)

今回は携帯用ベープに虫よけスプレーと蚊対策ばっちりだったんですが、女傑の蚊にパンツの上から1カ所食われました。さすが広家の蚊、サプライズ精神溢れてるしガッツと忍耐がある!

最後に、新しく出来た元家臣の方のギャラリーにも行きたかったんですが、時間を勘違いしてゆっくりしすぎたため、開館時間内に間に合いませんでした(今後もこのように、行きたかったけど行けなかった場所1日1回は出てきます笑)。もし次回来ることがあれば是非訪れたいです。訪ねた方何があったか教えてください~。

そんなこんなで、不思議な導きや出会いがあったと感じる素敵な岩国旅となりました。


今回は広島で宿泊です。夜、原爆ドームへ足を運んでみました。
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そこにある73年前の光景に感情を揺さぶられ、ただひたすらに眺めていました。一瞬にして焼野原と化した広島の街と沢山の犠牲者の方々、そして残された人々の気持ちを思うと胸が痛みます。原爆投下は日本人として、また一歴史ファンとしても、あまりに無念すぎる出来事です。
ですが、今日広島と言えばカープの試合で盛り上がる活気ある姿が印象的です。こういったシーンは戦後広島の皆さんが一体となり力を合わせてきた事の象徴的ようにも感じられるのです。力強い復興を遂げた広島に乾杯だー!

広家旅はまだまだ続く!
次は念願の北広島です!!

テーマ:写真ブログ - ジャンル:ブログ

  1. 2018/06/26(火) 17:06:36|
  2. 元春とその息子たち展
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憧れの北広島町

一日目岩国 二日目北広島 三日目愛媛

二日目は北広島町へ。足がないと結構辛い場所ですが、当然足がないのでバスで行きます。
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備北バスたん。\嘘です/名前わからないけど可愛いので載せてみました。

本当はここで1~2泊したい位なのですが今回は最小限にとどめ、吉川氏城館跡のうち海応寺にある吉川元春館跡・松本屋敷跡・万徳院へ行きます。広島バスセンターから高速バスへ乗って約50分後、千代田インターへ(1310円也)。

北広島町に到着ー。途中にあったでっかい太鼓が何だったのか気になる…。
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北広島キャッチフレーズ?
観光案内所では待合スペースに、書籍やグッズ、神楽DVDなどのおみやげ販売もありました。こちらでは北広島町と三島食品のコラボゆかり®を頂きました。創業者の方が北広島町出身だそうで、現在もゆかりが続いているとの事。そもそも広島の企業って事知らなかった…。私ゆかりのファンになる~!

中には千代田町史が置いてあったのでざっと見た所、古代中世資料編は元春・元長の書状等に軽い解説付きでいいなあと思ったのですが、これから山に登るというのに重い本持って行く選択は有り得ないので諦めます。ただ帰りが5時を過ぎる予定なので、念のため元就と隆元の薄い本(ガイドブック)2冊と三引両家紋ハンカチを購入。さらに、念のため近くのコンビニでおにぎりや飲料を買います。ここからバスを乗り換え海応寺へと参ります。400円也。

到着してすぐに万徳院へ向かいます。約1㎞の山登りです。日山城跡なども行ければ…なんて思っていましたがそんなの絶対無理でした。よく考えてみれば、私は異様に疲れやすく平地でもご老人にぶち抜かれまくる程体力がないのです。道は舗装されているんですが、本当に久しぶりの山歩きです!
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…山のため靴を新調したせいで微妙に靴擦れしてきたし、足もむくんできてる。雨に疲れる、息も上がる、先が見えない、道は合っているのか…。もしこの道が万徳院に繋がっていなくても確認するまで絶対帰らないけど弱音吐かせて。『足痛ぇもう帰りたい』
車なら5分程度でしょうか(駐車場有)、徒歩でも15分の道のりらしいです。ほんと?皆早すぎる…。

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私はゆっくりと少しずつ歩いて2~3倍の時間をかけ、漸く万徳院に到着しました。戦国時代って山城とか多いから、体力がないと城攻め出来なくてきついですな…。そのうち南宮山にも行きたいと思ってたけど、この分では登るだけで日が暮れそうです。というか、年々体力落ちるんだから早めにいかないとヤバいな笑!

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カメムシ!そういうのもあるのか
元長の時代も当然、カメムシが顔にアタックして来たり、袖に潜んでいて困ったりした事でしょうね。

万徳院のガイダンスホールはとても綺麗で、清潔なトイレと復元模型があり最高でした。
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動画を鑑賞しながら散々足を休め、いよいよ万徳院跡地へ。また歩かなきゃーなどと思いながら進み始めます。

万徳院までの参道を行く。
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「え? なんで…?」
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なぜここだけ花が…?

今まで緑しかなかったのに、万徳院の敷地だけタンポポのような黄色い花(多分ブタナ)が咲き乱れていて思わず声が洩れます。
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気付けば夢中であたりを見回していました。これまでの疲れが一気に吹き飛んでしまったかのようです。

これは、いつか見た遠い昔の懐かしい光景…。
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一面に咲く花が、まるで「ようこそ。ここがあなたのゴールです」と歓迎してくれているようではありませんか。うう、頑張って良かった…。

登山に憧れてるのに体力ない自覚あるので見る専門登山ファンの身として言うけど、やっぱ登山って最高ですわ…。散歩レベルだろという事は置いといて、この日の花は私のために美しく咲き乱れていたんですよ…。
誰か種撒いたのかな。だとしたら想像も及ばない小粋すぎる演出ですが、でもブタナって芝生枯らすらしいからそんな筈もなく。自然と偶然が織りなす最高のご褒美でした。

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庭園。建物は蒸し風呂ですが、今日は開きません。

で、万徳院と言えば元長な訳ですが、ここのガイダンスホールの解説で初めて気づいた事があります。元長が建てた当初は本堂と庫裏だけの小規模な別邸的存在だったようですが、元長死去後も広家が建物を増築し、元長にふさわしい菩提寺として改修と整備を重ねたそうなのです。というか、ここに広家夫人容光院が眠っているんですよね…。思いもかけず広家の事績をも追っていた事に嬉しくなりました。

というわけで、容光院墓所。
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お会いしとうございました。

1591年、容光院は病を患っていました。同年3月13日付けで、広家には秀吉より富田居城の命がくだります。この日、広家は容光院の弟宇喜多秀家に病状を伝える手紙を出したようです。秀家からは、黒田長政の心遣いにより医師曲直瀬道三を派遣する旨の返事が18日付で来ています。広家は病の妻のため伝手を頼って八方手を尽くしていたのでしょう、その甲斐あって容光院の病状は一旦持ち直します。広家はこの事を早速秀家に伝えたようで、秀家からも喜びの返事が来ています。しかし残念なことに、容光院はそれから程なくして亡くなってしまうのです。4月19日の事でした。短いながらも二人で過ごした思い入れのあるこの地へ容光院を埋葬し、出雲へと旅立って行った広家の悲しみはいかばかりだったでしょう…。

他に旧容光院墓所というのもあって、一度場所を移されているようなのでそちらにも行ってみました。
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草が生い茂っており時々石が見えるくらいでよく分かりませんでした…。


下山。歴史館そばの御休み所吉川本陣は開いてませんでした。おにぎり買っといて良かったですが、一体何を売ってるのか気になりすぎます。吉川味のお蕎麦食べたかったよ~!
いよいよ歴史館へ。ここは写真撮り放題ですごく楽しかったです。なんと言っても元春・広家がお出迎えしてくれるんですよ~。ちゃんと広家もいるのが嬉しすぎる!
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あ゛ーーヒイちゃん何その顔めっぢゃかわいいい好きいい。しかも体験コーナーとかあります。

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写真撮ってもらったので載せてみます。立っているだけで疲れた感じがでまくってますが、滅茶苦茶疲れているので許してほしいです。陣羽織、広家仕様の赤をチョイスしてはしゃいじゃうおばさんです。

展示のパネルは面白いです。
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文献調査のまとめ(文書に書かれている館の様子)

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食事とトイレ。
まってwww 火ちゃんと通そ? ヒイちゃんなだけに! ていうかそんな生食と断言できるほどに寄生虫卵が…? と、今では信じられないような気持ちになってしまいますが、日本でも昭和20年代の保卵率は7~8割とかなり高く、国民病の一つとされていたそうです。ごくごく最近まで、彼等は大変身近な存在だったのですね。
それにしてもお尻拭きが棒とは、実に心許ない感じがします…。

出土品は引き出しの中に隠されています。いや、別に隠してるつもりないかもだけど、一つ一つ開けて見る形となりちょっと楽しいです。茶碗は勿論、見たかったハエ叩きとか呪いの札とか荷札とか、生活感があって戦国を身近に感じられました。
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子犬のお守り。ころんとしてて可愛いです。

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見えづらいですが左はハエ叩き(?)「為蝿打ンカ造之者也」。

こちらには、ななんと、お出迎えしてくれたカッコいい元春・可愛い広家グッズがあります。アクキーとか、クリアファイルとか、缶バッジとか。ヒイちゃん缶バッジ欲しかったのになぜか渡された箱に入ってなかったんだよ~。売り切れでしょうか、ショック!
あと今思い出したけど、ここに広家の馬印レプリカなかったですっけ? 勘違いでしょうか。気のせいかもしれないけど、なかった気がします(山道に疲れすぎてて記憶が曖昧です笑)。


存分に楽しんだ後は館跡地へ。
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大きな立石を配置する力強い石垣は「石つき之もの共」による仕事です。こういった特徴は厳島にも見られるそうです。

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こちらには蒸し風呂でなく湯殿があります! 吉川家、お風呂大好きですな…。絶対いい匂いですよ。

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庭園。

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歪んだ台所もしっかり確認してきました。床板と敷居がズレまくってるのが見えるでしょうか。本当に豪快に歪んでいます。現地に来て、吉川家の面々が歪みを気にせず過ごしていた気持ちがわかりました。室内の戸は開け放たれていただろうし、畳は勿論や大きな家具もないため中に居ると歪みには気付かないのです。建築に興味ない限りこの歪み完全再現を自力発見した人も少ないのではないでしょうか? こうした密かな見どころはツイッターがなければ知らずにいた事なので、情報発信して頂けるの本当ありがたいです。

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室内に入ると天井の写真ばっかり撮ってしまいます。
 
それから元春・元長・松寿のものとされる墓所へ参りました。
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ようやく、ようやくお目にかかる事ができました。

父・兄・弟を失い、妻をも亡くし、最後に館の主となった広家と吉川家の人々は、折に触れ彼らのお墓へと参った事でしょう。
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広家はこの道を歩き、この景色を見ているのです。
富田や岩国に移った後も、生まれ育ったこの地を、ゆったりとした長閑なこの景色を、きっと懐かしく思い出した事でしょう。館跡に往時の建物はありませんけれど、広家の足跡を追うような追体験ができ感慨深い旅となりました。

満足行くまで堪能した所、バスの時間まであと40分位だったでしょうか。疲れ切って足取りが重すぎたため、どれくらいかかるか自信が持てなかった松本屋敷跡は諦めて休憩しました。心残りですが、万が一早めにバスが来て最終を逃したら、タクシー(電話番号控えてない)かヒッチハイクになっちゃうため冒険はできません。

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バス停が片方にしかなくて、危険な通路側で側溝にハマりながらバスを待っていました。バス来たー!と思ったらスクールバスで、中からこどもが降りてきました。この辺のお子さんという事は歴史を遡ってみれば、縁者としてか、家臣としてか、領民としてか、仕事請け負ったか、いずれにせよどこかで吉川家にご縁を持つご先祖様に繋がるんじゃないかなあ。はあ……。この地の全てが尊くて。もうね…、最高…。
 
帰りのバスも行きと同じ運転手さんでした。乗客他に居ないのに運航していてくれてありがとうバス、そしてさようなら北広島町。徒歩だったのでめちゃくちゃ疲れたけど、本当に来て良かったです!

北広島町に来て良かったと思った事の一つに、各所で無料で持ち帰れるパンフレット類がえらく充実していた事があります。よくある観光チラシとは一線を画す充実ぶりなのです! バスセンターで頂いた小冊子は北広島町の見どころを網羅しているのは勿論の事、さりげなく元春元長広家年表が載っていたり、歴史館では調査結果に基づく過去企画展のチラシなど頂けますし、出土品の写真も惜しげもなく掲載されています。古文書から見た解説などもあって興味を引き、分かりやすい事この上なく読んでいて興奮しました。吉川氏や戦国時代の武将の日常生活や暮らしぶりに興味があるのなら、これらを貰いに来るだけでも価値があるとお伝えしたいです。戦国の庭歴史館は気軽に歴史を楽しめる場所だし、北広島町は家族連れにもお勧めできます! 健脚の方ならハイキングを兼ねて万徳院まで行ってみるのもいいと思います。


さて突然ですが私は時々創作戦国をしていて、小ネタなども呟いています。現パロ(現代を舞台しての戦国武将を妄想して遊んでいる)の輝元さんはバブリーセレブ設定で、ホテルに宿泊してバーに行く140字の小話なんかを書いた事もあります。

で、泊まったホテルから広島城が見えると期待していたんですが、見えない側に宿泊してしまっていました笑。『そうだ!バーに行けば見れるかも、うちの現パロ輝ちゃん気分で!』と思い付いて行ってみましたが、バーもまたお城の見えない側にある気が…。バーの中で反対側に繋がってないかと思いこっそり覗いてみたところ「いらっしゃいませ」と声をかけられました(当然)。勇気を出して「ここから広島城見えますか?」と聞いたらやはり見えないとの事。反対側のレストランからは見えるそうなのですが既に終了していました。一瞬、広島城は諦めて飲もうかとか、飲んでから行くべきかとも思いましたが、明日早いのでやっぱ今行かなきゃ! 正直恥ずかしすぎるんですが、じゃあ申し訳ないけど広島城行きますって引き返しました。客じゃなくなったのに丁寧な謝罪まで受けてしまい恐縮です…。次来る事があればバーを楽しみます!

広島城近辺をどうしても見ておきたかった理由があって、それがこの写真です。上からだったらもっとわかりやすかったと思うけど…。
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ただの道路に見えますね!? 実は広島城が築城された直後の短期間だけあった広家の屋敷跡地らしいのです(芸州広嶋城町割之図にあります)。これもツイッターで場所を教えて貰ったので行く事ができました。古地図で見ると昔は道路ないんですよね。この辺りなのだろうと予測をつけながら写真を撮りました。(誤って道路側歩いちゃってますが危険ですので絶対に真似しないでください)

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夜の(元)輝ちゃん家に来たぞー! ライトアップ終わってましたが…。

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写真だと明るく見えるのですが、現場に立っていると門の中は一層の闇が広がっていてちょっと戸惑うほどで、せっかく来たのに中までは入れませんでした笑。

次はいよいよ最終日です。黒田長政画伯の絵とは一体…!?
しまなみ海道を通って初の四国へGOGO。
↑磯の香りがしそうな素敵な響き、いいイメージしかない!

テーマ:写真ブログ - ジャンル:ブログ

  1. 2018/06/26(火) 07:50:45|
  2. 戦国の庭歴史館
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初めての四国!愛媛の旅!

一日目岩国 二日目北広島 三日目愛媛

三日目。今日の予定は愛媛・大山祇神社・河野美術館・松山城です。余裕があれば今治城か道後温泉にも行きたい所ですが…。

4時起床。ホテルからタクシーで広島駅へ(1000円位也)。のぞみに乗って福山まで行き(4950円也)、そこからバスで大三島へ(1750円也)、さらに乗り換えまして(300円也)大山祇神社へとお参りに行きます。高速バスでも行けるんですが、到着時間が数時間遅くなってしまうので新幹線を選びました。くっ…。仕方のない事ではありますが、格安旅のはずが移動費用が痛い……! 無理矢理来るから…。


新幹線に乗る前に、カープ仕様烏龍茶を購入。
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乗り換えのため下車した福山にはお城がありました。
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というか、ここにこのような立派なお城があった事知らなかった…。水野勝成さんが築城主のようです。気になりますがバスに乗らねばなりません。


バスは、こんな感じで島と島を繋ぐ橋をいくつも渡ってゆきます。
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それなのに私、ずっと島ゾーンに入ってる事に気づいてなかったんですよ…。なぜなら島々が思っていた以上にBIGだったから!
最初の方は随分大きな川を渡っているな、いつ島に入るんだろう? と素で思っていました。地理弱すぎですが、島の端が視界に入りきらないので本州の陸だと思っていて、大きな島が点在しているという概念もすっぽ抜けていたのです!

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車窓からは美しい島々が見られます。沢山の島が浮かぶ内海って、私の生活圏内ではこれまで見かける事がなかったので、物珍しく、いつまでも見ていられます。
今日はガスが出ているのですが、それがまた良い…。水墨画でも鑑賞しているような心落ち着く風情と感動があります。座席にだらっと腰かけ、ただぼーっと眺めているだけで刻一刻と変わる風景を楽しめ、より一層贅沢です。
しかし、シャッターチャンスが一瞬すぎる事と、好みの島が撮れても窓の水滴にピントが合っているなどし、ろくな写真がありません。なんたる不覚。これもまた一期一会か…。

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あ~今のもっと見たい…と流れ去る景色を惜しみながら、大三島到着です。形の良い山が見えます! 観音山です。(知らなかったけど今地図で確認した)。


バスを乗り換え、大山祇神社に到着しました。
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この写真もちょっと微妙なんですが、3日目もお天気が悪く、暗すぎ下手すぎ写真が多くて使えるものが少ないです…。

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ここは心落ち着ける大変清浄な空間です。

まるで森のやすらぎ…。
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纏っている空気が違います。


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以上、天井シリーズでした。

宝物館へ。
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お目当ての宝物館はとんでもないお宝ばかりがこれでもかと並べ置かれていて、驚きの体験をしました。
全国の国宝・重文の武具類のうち実に8割がここに収蔵されているとの事(←この得意げな説明、なぜか岩国美術館でみかけました笑)。 まじですか? ちょっと信じられない規模ですね…。それと、中は独特の匂いがします。これが歴史の香り…。

戦国時代には毛利とも深く関わる河野氏ですが、ここにきて初めて関心をいだきました。古く伝統あるおうちだったのですね。ちなみに信長の野望革新やった事ある人にはお馴染みだと思います。このゲームでは有力な家のみ特別な固有技術を開発できるんですが、並居る人気家と肩を並べ河野家も固有技術(焙烙火矢)を持っていました。後のシナリオで河野家スタートは最高難度クラスとしても有名だったりします。うわっ、どうでもいい事語ってしまった。

教科書に出てくるような偉人の奉納に興奮したり、よく分かってないなりに時代の変化を見比べたり、なかなか楽しいです。こういうデザインのバッグかつて持ってた事ある的な熏韋包胴丸と、鳶兜が気になりました。古い時代にもああいう変わった形があったんですね! あとは噂の鶴姫鎧。あの鶴姫の絵はあまりに可憐で美しすぎて、人気が出たのも分かる気がします。時間をかけてゆっくりと見学したかったのですが、そろそろ出発の時間です。


今治到着~。タオルっぽさなし!
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あの看板を見て『まじで?』と思いっきり鼻から空気を吸い込んでみた所、磯っぽい塩気を含んだ爽やかな風を感じました! ほんとに。

いよいよお目当ての河野美術館「戦国ものがたり展」へ。コンビニ店員さん曰く今治城までは歩いて行ったらちょっと遠いとの事なので、まずは予定通り美術館へ行ってみます。場所知らないし天気悪いしとタクシーで行ったんですが、滅茶苦茶近かったです笑。ワンメーター580円で到着。

西郷隆盛と薩摩の明治維新展に加え、地元の写真展もやってました。今年は大河の影響もあり幕末推しの年ですね。幕末は全く知らないのですが、あー大河で入水してた人の書~みたいな趣きがあったり。職員の方が「ここは結構いいものがあるんだけどあまり人は来ない」と仰っていた通り、確かにすごいメンツの展示品でした。

戦国ものがたりの書状、毛利家では元就・隆景・輝元・秀就、他にも謙信・政宗・秀吉、足利兄弟などなど日本史ビッグスター揃い踏みです。多数割愛しましたがぶっちゃけ全員有名人です。

だとしても、特に異彩を放っていたのはやはり黒田長政が描いた絵でした。というかそもそも長政って絵、描いてたんだ…。まずそこに驚いてしまいます。文化方面に興味のある方だと絵も一度は習っていたりするのかもな~って気はしていたのでそんなにビビる事でもないのですが。

絵の方は、うーん、もしこの作品を鑑定団の安河内さんが見たら、笑顔で率直かつ辛辣な評価してきそう、そんな雰囲気の絵です。でも、墨絵の良し悪しを知らない私が言う事ではありませんし、あまりに失礼すぎますよね…。もしこれがそんなレベルの絵だったら、家臣の方が苦言を呈し「下手な絵描いて得意げになって情けない」みたいな話になって、涙を流して止めたはずです! ですので、中々のものかもしれません。

墨が多く、とにかく力強さを感じる筆使いで3本の竹が描かれており、荒々しい筆致の葉の上部を囲うように、時々ふにょふにょ~っとした消え入りそうな弱い線が書かれてるの何だろうなあ?と疑問思っていた所。

『色かへぬ ゑにしも久し くれ竹の 葉にふりつもる 雪を見るかな』
賛を確認して雪だったって事が分かるという驚きの趣向でした。賛は忠之によるものだそうで、親子で合作みたいです。仲良し親子!? 判が押されてたけど、そこらへんから黒田父子作品って分かるんでしょうか。

あとその賛の和歌、書き出しがわずかに中央よりだったためか書き終わる前に端っこまで到達してしまっていて、右側から続きを書く無限ループスタイルになっていました。パパの作品ですから、途中からバランス取りが怪しくなったとしても書き直すわけにも行きませんね…。

いやでも、目測でのアタリもつけずに父の力作に一発書きするとも思えないし、この構図は意図したものなのかもしれません。父子揃って可愛すぎます。見に来た甲斐がありました!

私が長政に関心を持ったのは広家繋がりからなのですが、毛利以外では今一番気になる人物です。こちら側から見る長政という人は「とにかくいい子! 頑張り屋さんで頭が良い」という印象なのですが、黒田家側のエピソードを少し覗き見ると、皆個性的で面白く愛らしく、親しみが湧きます。今回は一枚の絵から、その楽しさの一端を垣間見られたような気がしました。

帰りに、美術館の隣にあった茶室待庵に入ってみました。
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す、素敵だ。
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こういう所すごく楽しい、写真撮りまくれるから!

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またも天井を撮っている…。

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そういえばバリィさん、なんかいたるところに居たような気もします。


最後は松山です。松山までの列車はグリーン車に乗ったんですが、足を真っ直ぐ伸ばせたし、あまりの心地よさに完全に寝入ったので写真はありませぬ。
スケジュールと体力の兼ね合いに無理があり、案の定今治城と道後温泉へは行けませんでしたね…。旅の疲れをいやしに温泉行きたくて最後の最後まで迷ったのですが、やはり現存12天守は見ておきたく、もう天守入場時間は過ぎてたのですがロープウエイに乗って外だけ回ってきました。

松山城。
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すごいです。
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すでに4時半を回っており、お天気も悪かったためここでも写真が残念過ぎるのですが、
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はっきり言って、滅茶苦茶来て良かったです。

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私が見た事のあるお城としては姫路城に匹敵する素晴らしさで、これぞイメージ通りのお城!って感じがしました。

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興味の範囲がやたらに狭い私は、実は松山城の築城主知らないまま適当に訪れてしまったんですが、ロープウエーの袴お姉さんが「松山城は賤ヶ岳七本槍で有名な」みたいな事言った段階で、福島加藤脇坂…ヤバい他のメンバー思い出せない一体誰なんだ~と思ったら加藤違いの加藤嘉明さんとの事で、割と有名な方でした! 

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加藤さんすごいよすごすぎるよ…。

名残惜しいですが、帰宅の時間が近づいてきました。愛媛だんだん、さようなら…!


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ここには三日目の戦利品とお土産類が写ってないですが、ホテルで張り切って戦利品広げてた図です。無料のパンフレットがめちゃくちゃ多いですが素晴らしいので!

旅先で出会った方々は皆さん本当に親切にしてくださり、人の温かさを感じました。四国は生まれて初めての経験でしたが、本当に見どころがたくさんで、素敵な場所でした。

そういえばこちらに来て、生まれて初めて生ガキを食しました。火を通したものは好物だったんですが、これまで生は当たるんじゃないかと食わず嫌いしていました。レモンだけで頂いているのに全く臭みがなく、濃厚な海のうまみがぎゅうぎゅうに凝縮されていて、味わう程に爽やかな潮風が鼻腔に広がり、虜になってしまいました。この事をこの年になるまで知らなかったなんてあまりにも勿体なかった…。今すぐ生ガキ食べたいよ~!


さて今回の旅は、新しい土地の新しい感動もあったのですが、岩国・北広島を訪れた事でこれまでずっと気になってた事とか疑問だった事の答えに少し近づけた気がしたのがすごく良かったです。やっぱ現地で得られる情報量は違うなあ。今改めて振り返ると、これまでに知った事、旅で新たに知った事、点と点だったものが薄っすらと繋がっていく感じがします。その辺は、旅と直接関係ない妄想混じりの話だったりするんで、ツイッターで適当に呟いていきたいと思ってます。

今回の旅はこれにて終わりです。やっぱり西国良い所~!歴史を巡る旅はほんっと楽しいです!

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  1. 2018/06/25(月) 19:57:23|
  2. ★戦国雑記
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ブログに関するお知らせ

突然ですが、これまで公開していた記事のいくつかにパスをかけました。

このブログで取り扱っている人物等に関連するキーワードでイメージ検索すると、自分の絵が下の方にチラチラ出てくる事があるなあってのは以前から気づいていました。とはいえ下まで見る人そんなに居ないだろうし、自分的にもあまり見たいものでもなかったので、これまでは「うわぁっ…」と即ブラウザを閉じ目を逸らしていました。しかし、少し細かく指定すると自作の絵がいくつか出てくるのを目の当たりにしてしまい…。

私としては、折角描いたのだし同じように出戻りで絵を練習中の方、歴史好きBL好きな方など沢山見て頂きたい思いがあったのですが、必要な情報が得られないばかりか下手くそな絵が出てくるので自分でもイラっとしたし青ざめました笑。際どい絵も描いていたりするので憚られますし、これでは検索妨害ではないかという気がしましたので、一旦このような形にさせて頂きました。

うまい解決法が思いつかないのですが、絵はpixivの方でも公開しておりますので、見て頂けたら嬉しいです!非公開にした記事も残しているので、もし読みたいという方がいらっしゃいましたら、ブロ友申請して頂くか、パスをお伝えいたしますのでご連絡くださいませ。
  1. 2018/03/03(土) 01:01:52|
  2. ★雑多な事
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