●景さま建築を見る! 小早川隆景

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●景さま建築を見る。小早川隆景。
 言わずと知れた毛利両川、小早川隆景公です。彼はここ福岡で多くの寺社を再建しました。その一部を追ってみます。建築分からないのに果たして大丈夫か!?

・まずはここ、宗像大社
1宗像大社鳥居

 境内はとても広いです。

2宗像大社境内

 拝殿……。こ、これかな?(よくわかってない)
1宗像大社拝殿2
 杮葺きで切妻造のあれがそれです!

 弘治3年(1557)に社殿が焼失し、現在の本殿は1578年大宮司宗像氏貞が頑張って再建。しかし氏貞は拝殿の再建は叶わぬまま没してしまいます。その後、筑前を与えられた小早川隆景によって、1590年(天正18年)ようやく拝殿が再建され、宗像大社辺津宮本殿拝殿が揃ったのでした。

5宗像大社拝殿本殿
 パンフの説明によりますと「桃山時代初期の神社建築の特色がよく表れている」そうで、シンプルかつ合理的、質実剛健な感じがします。境内は厳かで落ち着いた空気を纏っていますが、こちらの拝殿はその雰囲気によくマッチしてますね💗

3宗像大社拝殿横
 真ん中の案内板に景さまの名前が出て来るはず…と思うけど写真忘れてる~…!。訪れた方お写真撮って私にゆずってください😖


・太宰府天満宮
1太宰府天満宮鳥居2
 太宰府天満宮に到着。

 太宰府天満宮楼門。
1太宰府天満宮楼門
 上部にねぶたが飾られ通常よりゴージャスになってました。私青森住んでたんでこのコラボ嬉しい!! このねぶた、暗くなると光るそうですよ。
 楼門は石田三成の再建、土地は秀吉から寄進されたそうで、戦国時代の有力者たちからも崇敬を集めていた事が伺えます。

1太宰府天満宮本殿2
 お目当ての本殿です!

 こちらは、1591年(天正19年)に景さまが再建したんだそうです。
1太宰府天満宮本殿
 大宰府の本(天神絵巻)によりますと「五間社流造 軒唐破風付 檜皮葺。桃山時代の豪壮華麗な時代の気風を伝える」との事。
 でた桃山時代…! 桃山時代の建築ってどんな感じなんだろ、難しいです笑。

1太宰府天満宮本殿3
 本殿内部には金の柱が据えられていたり豪華絢爛で、華やかな秀吉の時代って感じがします(←適当っぽい😭)。

1太宰府天満宮飛梅
 これは、道真公を慕う可愛い飛梅ちゃん!

 ちなみに、この頃隆景は名島にいたようです。名島について彼は「名嶋之町は家一つも無御座上、普請衆彼是入ましり候て、中々之儀候条」と述べているんだそうで、お城や城下の整備もしなくちゃならないし、なかなか大変だったでしょうねぇ。


・景さまの名島城をしのぶ。
 というわけで名島城跡にやってきました。
1名島神社鳥居
 名島神社の鳥居です。ここからも城跡へ行けます。

1名島神社2
 名島神社。

1名島神社社務所
 名島神社では御朱印が頂けます。ここに来た時はまだ御朱印集めしようと思い立ってなかったので、残念ながら御朱印は頂けていません。ううっ…くやC。

2名島城址公園入口
 名島城址公園入口。

2名島城址公園眺め2
 着いたー! 至って普通の公園のように見えますが、

2名島城址公園名島城跡
 園内には立派な石碑があり

 名島城について書かれた看板もいくつかあります。
2名島城址公園看板
 「名島城は、唐入りの軍事拠点である名護屋城への軍事・生活物資や人材などの補給基地としての役割も担いました」とあります。
 確かに、景さまの得意ジャンル(海城)から考えても、時代背景から考えても、納得の立地です!
 大きな画像で載せましたので、その他の細かい文字は拡大してご覧ください。

 東屋にもちょこっと説明が載っていました。
2名島城址公園名島城の歴史2
 このお城も三方を海に囲まれていたのですね。ああ…やっぱり景さまと言えば海……、海のお城ですよ!
 まあ今いる所から海見えてないけど笑。往時はここから博多湾が一望できた事でしょうね。

 このお城は2008年石垣の発掘調査が行われたようですが、そちらに通じる道は施錠されており入れませんでした。なので看板撮ってきました!
 (ちなみに公園自体も門が閉められるようになっていて、開園時間は4月~9月が9時から19時まで、10月~3月は9時から17時までとなっているので、訪問時には注意が必要です)
2名島城址公園発掘調査成果の看板
 大手口って…?🤔 どこかにあったんかな。

2名島城址公園石垣の看板
 服が映り込んで色変わってる部分があるかも

 名島城が存在した当時の絵図はなく、この絵図が最も最古のもので、記載された家臣の名前から小早川期の様子を描いたものと考えられるそうです。
2名島城址公園名島古城図
 私、黄色い部分の曲線になった構造が気になります! なんか芸術的じゃない? あっ、今よく見たら真ん中ら辺に「大手口」って書いてた…。


 (現在の名島城周辺の地図)

 名島城は大半が住宅地になっていて当時の面影を見つけにくいかと思ったのですが、面白いサイトがありました。
 「名島城のなごりを古地図を見ながら調べてみた(Y氏は暇人さま)
 古地図と現在の地図を照らし合わせながら歩いておられ、大変興味深いです!

 という事で、ここからは名島城の痕跡を拾い集めたいと思います。


・崇福寺(唐門・名島城遺構と伝わる)
1崇福寺
 崇福寺にやって参りました。

1崇福寺名島城門2
 門は境内の中の方にひっそりと佇んでました(暗かったので門だけ明るくしてます)。

崇福寺唐門8
 曲線を描く唐破風の屋根が印象的です。

1崇福寺名島城門1
 この形は桃山時代が隆盛期だったらしく、寺社ではカラフルで豪華な装飾の施された唐門が見られたりしますね。


・宗生寺(名島城の搦め手門)
 お次は宗生寺です。こちらには景さまの遺髪がもたらされたとか…。
宗生寺
 大穂(おおぶ)の宗生寺。正面に見える門が、名島城の搦め手門と伝わります。

 ツツジの名所でもあるというこちらへ伺ってみたい方は少なくないと思うんですが、歩くにはちと遠い場所にあります。私は東郷駅からタクシーで行きました。気になる料金は…片道1530円! 駅まで往復3000円+電車代なので、行きたい気持ちさえあれば一人でもそこまで胸が痛まない金額です(最寄りバス停からならもう少し安いと思う、多分)。

 案内板から景様関連だけ抜粋してみました。
宗生寺案内板

 お寺の掲示板にあった張り紙。
宗生寺ポスター
 許斐一族、小早川隆景、黒田如水、黒田長政、黒田忠之など檀越として、お位牌をお祀りしているそうです。小早川とも黒田とも縁が深いのですね。

 ではいよいよ…!
宗生寺門3
 これが名島城の搦め手門です。大変立派な門です。四脚門ってやつでしょうか。

宗生寺門
 黒田長政がこちらに移築したんだとか。だとしたら、長政公の優しさかも…。
 
宗生寺門2
 宗生寺の案内ペーパーでは宗光寺山門に似ていると書かれていました。
 宗光寺山門は福島正則のものではないかとも言われているようですが、どうでしょう? 宗光寺行った事ある方、いかがですか。

宗生寺門4
 いま私、写真下手くそすぎて泣きそうです。撮った時はばっちり!って思ったのになぁ。今にして思えば横からの写真も欲しいのに、全然撮ってない…!

宗生寺2
 お線香を上げさせて頂き、隆景公の墓所へ向かいます。

宗生寺道順
 雰囲気がばりかわいい😳

宗生寺、道
 墓所はお寺の裏山にありますが、微妙な険しさがあり、気を抜くと足をズルっと滑らせそうでなかなかスリリングです。

 宗生寺ペーパーによりますと
 「生前よりの遺言により小早川家代々の菩提寺曹洞宗米山寺(三原市)だけでなく、宗生寺にも供奉(追腹)4人と共に葬る。『黄梅院泰雲紹閑大居士』と号す。お墓は宝筐院塔で、高さ8尺7寸で米山寺のものと同型である。」
 との事。
 景さまはきっと、この地も愛されていたのでしょうね。

宗生寺隆景公の墓所
 この上が小高くなっていて、景さまのお墓がありました。
 4人に守られるような配置になってました。

 ちなみに、ここには宗像氏貞(宗像大社本殿を再建した方)の奥方のお墓もあるそうです。氏貞娘のうち二人が小早川家臣草刈重継と毛利輝元家臣市川与七郎に嫁いでいます。そういえば益田景祥は氏貞の養子になってた事があったようで、宗像氏とは浅からぬ関係にあったんですね、知らなかった。
 ちなみに益田景祥のお母さんは広家のお姉ちゃんです(すぐ広家話する…)。

 その他、宗生寺には小早川隆景と重臣の井上春忠のツーショットという珍しい構図の絵が残されているようです。
 この絵、隆景展図録にのってるんですけど、(ネットでは、小さいけどこちらから見られます)賛が寛政3年(1791)6月12日とあるんです。後の人たちも景さまを崇敬していた事、そして井上春忠と一緒に描いてあげたかったんだなぁって思うと、正直たまらんものがあります😤


・福岡城(名島門)
 ラストは福岡城! 結構広いので歩き回るのが大変です。
名島門1
 周りに案内等見当たりませんでしたが、おそらくこれが名島城の脇門とされる名島門だと思います。
 むむむ、これまでとは何か違う雰囲気。

福岡城名島門下
 暗くて画質が悪いですが…

福岡城名島門瓦
 瓦は全て藤巴になっているようです。

名島門3
 中の様子

名島門2
 これまでで一番近世城郭にありそうな感じっていうか、ううっ…、建築とか門の事わかんなすぎてそれっぽい事言おうとしても知識がたりず無理でした…! そして私、門間違えてないですかね?笑

 以上を持ちまして名島城集め終了です。
 名島城のものとされる門はそれぞれテイストが違っていましたが、似た所があると感じる部分もあるようなないような…。
 見るだけで満足できるかと思ったけど、いろいろと気になっちゃいます!

 実際の所はどうだったのかわかりませんが、これらが名島城の門と言い伝えられてきた背景にもロマン感じるというか、想像力が掻き立てられます☺
 けど門の事何も知らず来てしまったのは失敗でした笑。

 でもきっと名島城は渋みのある門を構え、海に囲まれた壮観なお城だったんじゃないかなぁ~と思いました(小並感)。


・最後に、筥崎宮楼門
筥崎宮一ノ鳥居
 おやっ……! この鳥居は長政が建立したものだそうです。どっしりと力強く、丸みを帯びた笠木島木の可愛らしい感じに長政公みを感じます!

筥崎宮案内
 こちらの楼門は1594年(文禄3年)、景さまが建立した檜皮葺の楼門なのだそうです。

 この年の景さまは、2度上洛してたり筑前にいたり三原にいたり広島に行ったりと大忙しだったみたいです。どうやら秀元の婚儀の件、秀秋養子の件などで奔走していたようで。
 そういえば下関市立博物館の毛利関ヶ原展に、お疲れの景さまが柱にもたれて転寝してる珍しい絵がありましたよ(邨田丹陵画)。
 いつもピシッと決めてそうな景さまだけど、これだけ忙しいんだもの、そんな日があったかもしれませんよねぇ✨

筥崎宮楼門
 ひ、ひえ~、すごい!
 福岡にこのような神社があったなんて知りませんでした。
 ホークス日本一をお祈りする垂れ幕がかかっています。福岡の神社いくつか回ったけどこういうの初めて見た気が!

 そして福岡ソフトバンクホークスおめでとうございました。
 私が福岡の街にいた時も野球応援ムードでした。セールとかいいなー!

筥崎宮楼門2
 敵国降伏とあります。

 楼門について公式サイトの説明によりますと
 「建坪はわずか12坪であるが、三手先組(みてさきぐみ)といわれる枡組によって支えられた、83坪余りの雄大な屋根を有した豪壮な建物です」
 との事で、よく支えられるなーと思うと同時に、『なんか景さまっぽい』ってのも思っちゃいました。

 景さまのお城について詳しくはwikipediaを見て頂くとして、海に浮かぶような三原城の石垣は当時の最先端技術で作られたものなのだそうで、景さまの建築物に対する探求心は相当のものだったと見受けられます。この筥崎宮楼門からも景さま建築の技術の確かさを垣間見れる気がします。

筥崎宮楼門3
 三手先組の拡大(写真の角度全部同じやん…)
 は~この門スリムで背が高くてめちゃくちゃかっこいい。

 ちなみにもう一人の両川、吉川家ですが、北広島町の元春館で台所が復元されていて、なんと床が歪んでいます笑。景さまとは対極かもしれませんが、こちらも是非現地で御覧になってほしいです!(歪んだ吉川建築愛してるのでめっちゃ推しています💕)。


・番外編 聖福寺
聖福寺の総門
 日本で最初の禅寺だそう!

 境内の案内によりますと、第110代耳峰玄熊禅師は天正17年(1589)に小早川隆景の助けにより仏殿を復興したそうです。
 (それと、黒田家墓所の案内板には、如水公の墓石の撰文は第109代景轍玄蘇によるものと書かれていました。ここでも、小早川、黒田…! 福岡は訪れる先々で推しの名が出てくるのでテンション上がりますね~)

 wikipediaでは隆景公の墓所として米山寺・黄梅院・泰雲寺・宗生寺と4つ載ってましたが、ここ聖福寺にも供養塔があるようです(ただそちらまで入っていいのかわからなかったので、私は墓所まで行きませんでした。近くでそっと景さまを感じたいと思います)。

 景さまと宗生寺について調べると、遺言で遺髪が7か所の寺院に埋葬されたと書かれているので、きっと他にもあるのだろうと思います。
 当時から今現在に至るまで、小早川隆景という人物が人々にいかに敬愛されてきたのか、そしてどれほどの影響を与えて来たのか…、ふとそんな事を考えます。

 景さまが聖福寺に寄進した銅鐘について、ながおさんが貴重なツイートされてたので引用します。

参考:鐘の拓本(「聖福寺 隆景 寄進 天正十七年七月日」の文字が見えます)


 聖福寺の山門
 お二人の方がずっと佇んでいたので、門がお好きなのかなぁと思ったら…よく見るとなにかがいます!

聖福寺ねこ
 ねこだ! それも3匹よりそってお団子…。
 山門の前で陣取って動こうとしない聖福寺ねこ。

 福岡のねこは逃げません。肝が据わっているのか?
 黒田武士ねこです!


 さてさて、沢山の建築を手がけた景さまですが、その面影を偲ばせる建物は決して多くはないようなのです。けれど、こうして追って見ると景さまの美意識や高い建築技術の一端を感じる事ができた気がしますし、そしてなにより、景さまの事績を追う事で篤い信仰心が伺え、その真摯な人となりにも惹かれてゆくのでした。

次のメニューは…
とにかく多才、毛利秀元。

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